競馬予想の腕を磨く上で、
レース回顧をすることの重要性は
あえてここでご紹介するまでもないと思いますが、
レース回顧の方法は、大きく2つの種類に分類することができると
私が考えています。
一つは、「なぜ?」と考えるレース回顧、
もうひとつは「タラレバ」のレース回顧です。
なぜ?と考えるレース回顧は、
たとえば、圧倒的な人気馬が凡走したり、思わぬ穴馬が好走した時、
その理由について、自分なりの仮説を立ててみることです。
(個人的に、このことを競馬妄想と呼んでいます)
競馬妄想することは、非常に重要です。
そもそも、なぜ、人気馬が凡走したかとか、穴馬が好走したかなんて
はっきりとした理由なんて誰でも分かりませんし、
理由がひとつではない可能性が高いです。
だから、正解が無いということは、
どう考えようがそれは個人の自由であり、
その考え方というのは、ある意味どれも正解なわけです。
馬名予想とかサイン馬券という競馬予想スタイルがありますが、
私はこのような馬券スタイルは全否定しません。
なぜならば、このような競馬予想スタイルは、
ある意味、自分の中における競馬妄想だと考えられるからです。
過去の成績や実績を基に競馬予想をするのが、
一般的な競馬予想のスタイルです。
そのスタイルから見れば、
馬名予想とかサイン馬券という競馬予想スタイルは
邪道に見えるかもしれません。
でも、競馬予想のスタイルに王道も邪道もないと、私は思います。
なぜならば、もしかしたら、
競走馬は自分の馬名や何からのサインによって
レースをしている可能性もゼロだとは、誰にも言い切れないからです。
こんなことを言ってしまうと、
「それじゃあ、なんでもアリじゃないか」
と言いたくなるかもしれません。
「なんでもアリでいいじゃないの」
というのが、私の考え方です。
先程も言いましたが
そもそも競馬予想のスタイルに正解などはないわけですから、
自分が正しい、好きだと思った予想スタイルが
その人にとっての競馬予想スタイルなわけです。
だから、他の人に何と言われようとも、
自分がその予想スタイルが正しい、好きだ、と考えるのであれば、
それを貫くべきだと、私は思うわけです。
ただし、そこで「なぜ?」と考える余地を
残しておくことは重要です。
自分で競馬妄想できる余地を残しておける
競馬予想スタイルであることが重要です。
これがなければ、
あなたの競馬予想スタイルに変化はありません。
変化が無ければ、あなたの競馬予想スタイルにも成長はありません。
そういう意味においても
「なぜ?」と考えるレース回顧は
非常に意味のあるものだと、私は思います。
これに対し、「タラレバ」のレース回顧というのは、
言い換えれば自分の競馬予想を正当化するための言い訳です。
「スタートで、出遅れなければ・・・」
「外を回さずに、インと突いていれば・・・」
「もう少し、ペースが速くなれば・・・」
そもそも、競馬というものは、
不確定要素の塊みたいなものです。
レース結果が、馬の能力だけで決まるのではなく、
その他の不確定要素によって変化することが
競馬をより面白く魅力的にさせる理由でもあると私は思います。
だから、
その不確定要素を理由にして、
自分の競馬予想がハズれたことを正当化してみたり、
不確定要素を自分の競馬予想に当てはめたりすることは、
その不確定要素が今後もずっと不確定要素である以上、
結局のところ、何の意味もないわけです。
自分が一生懸命予想した結果、
予想がハズれたことが、悔しいと思う気持ちは理解できます。
自分の大事なお金を投じて馬券を購入したにもかかわらず、
一瞬にして紙くずになってしまった悔しさも理解できます。
しかし、だからといって、
タラレバで、自分を正当化したところで、何の意味もないんです。
自分の競馬予想をタラレバ論で正当化する暇があるなら、
なぜ?そうなったのかをイメージし、
これからの競馬予想に活かすべきだと私は思うわけです。
競馬が不確定要素の塊である以上、
ハズれた競馬予想が間違いであるとは言い切れません。
なぜならば、
もし、別の日にもう一度同じ条件でレースを行ったとしたら、
レース結果が変わり、あなたの競馬予想は的中しているかも
しれないからです。
そう考えると、こういう考え方ができます。
つまり、どんな競馬予想でも、正解だということです。
馬券が的中したからといって、それが正解で、
ハズれたからといって、競馬予想が間違っているわけではないわけです。
競馬予想はレースの結果に対する自分の主張です。
不確定要素である未来の事象に対する、自分の主張です。
だからこそ、競馬予想がハズれたからといって、
あれこれタラレバ論を自分を正当化する人は、
そもそも馬券を買う覚悟が無い人だと私が思います。
自分の主張に対する、責任や覚悟がないからこそ、
結果について、素直に受け入れることができないわけです。
自分の主張を貫き、責任や覚悟を決めるためには、真剣さが必要です。
つまり、
タラレバ論を主張する人は、そもそも、真剣さが足りないわけです。
競馬予想に責任や覚悟を持ち、自分の主張を貫き通す。
そして、結果については、どんな結果であろうと素直に受け入れる。
それができなければ、
馬券は、買わない方がいいと、私は思います。