最もシンプルで忘れがちな、競馬で勝てない理由

この動画の中で、私は「競馬予想は占いのようなもの」とご紹介していますが、最近、競馬予想は釣りにも例えることができるのでは、と考えるようになりました。


というのも、競馬予想で稼ぐ人と競馬予想を楽しむ人の違いというのは、釣りに置き換えてみれば、漁師になるのか、釣り人になるのかということだからです。

釣り人であれば、大物を釣り上げれば、記念に魚拓を取ることもあるでしょう。その魚拓を持ち帰り、家族や友達に自慢する楽しみもあるでしょう。

また、釣果が思わしくなかったとしても、それはそれで楽しみ方のひとつです。上手くいったこと、思うようにならなかったこと、それぞれが酒の肴になるでしょう。

しかし、同じ出来事でも、漁師ならば解釈はまったく異なります。

大物を釣り上げたとしても、魚拓などをとる必要はありません。多少話題になるかもしれませんが、水揚げ高が増える、ただそれだけのことです。

また、釣果が思わしくなかったとしたら、酒の肴では済みません、それこそ死活問題です。

食っていくために、漁をしているわけですから、魚がとれることが前提条件であるべきですし、それが当然なわけです。

そういう意味から考えれば、馬券が当たって喜んでいる人は、競馬予想で稼ぐ人ではありません。

なぜならば、競馬予想で稼ぐ人であれば、馬券が当たることは前提条件であるべきですし、それが当然だからです。
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本当に競馬で稼いでいる人の思考法

本当のお金持ちというのは、質素で堅実な暮らしをしている人が多いといわれています。

また、どうしたらお金を稼ぐことができるか考えるよりも、どうしたらお金を失わないようになるかを常に考えているそうです。

つまり、本当のお金持ちというのは、お金を稼ぐということは前提条件であり、それが当然なんです。

だからこそ、入ってくるお金よりも、出て行くお金のことの方に注力する必要があるわけです。

本当に競馬で稼いでいる人というのは、高額配当が的中したことを見せびらかしたり、自慢したりしません。

なぜならば、そんなことをしても、競馬で稼ぐことにおいては、何もメリットがないからです。

自分の予想や予想理論を売るためのパフォーマンスとして高額配当が的中したことを見せびらかしたり、自慢したりするのはアリだと思いますが、競馬で稼ぐことだけを考えれば、むしろせびられるとか、狙われるとか、デメリットの方が明らかに大きいわけです。

競馬で稼ぐことと楽しむことは両立できない

ほとんどの人は、競馬で稼ぐということを、釣り人が大物を釣り上げることだと考えています。

趣味やお遊びの範囲内で競馬で稼ぐことを楽しみたければ、それはそれで楽しみ方のひとつだとは思いますが、中には、そんな考え方にもかかわらず、自分は漁師になったと勘違いしている残念な人もいます。

そして、そんな漁師もどきの釣り人と本物の漁師との見極めさえできず、パフォーマンスを事実だと思い込み、自分も漁師になれるんだと勘違いする人もいます。

また、釣り堀で大物を釣り上げているだけにもかかわらず、自分は漁師並みの実力があると勘違いしている人もいます。

漁師として生きていくためには、魚を釣る以外にもいろいろなモノが必要なのに、魚を釣るテクニックさえあれば、漁師になれると思い込んでいます。

つまり、そもそも考え方が甘いんです、競馬で稼ぐという定義が、しょせん趣味レベル、ままごとレベルなのです。

それを言っている本人が、そのことを自覚し、楽しみ方としてそれを目標にしているのであれば、それは競馬予想の楽しみ方のひとつでしょう。

「昨日は損したけど、今日は儲けることができてよかった」、それぞれのレース回顧が、酒の肴になるかもしれません。

でも、「楽しむ」と「稼ぐ」の境界線を自分で意識することができない人は、釣り人の意識のまま漁師になり、そして現実を味わいます。

その時に、あれはパフォーマンスなんだと気づいても、すでに後の祭りだということです。

まとめ

もし、本当に漁師になりたければ、釣り人の楽しみ方は捨てるべきです。

同じ釣りでも、楽しみ方が漁師と釣り人とでは異なることを意識すべきです。

あなたは、釣り人を選びますか?それとも漁師を選びますか?

私は、どれだけ馬券で儲けても、「漁師に憧れつつ、大物を釣って大喜びする釣り人」でいるつもりです。

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